2011年6月3日金曜日

何かを選ぶことは何かを捨てること

 晩唐の有名な詩人、李商隠だったと思いますが、次のようなエピソードが伝えられています。行き行きて重ねて行き行く李商隠は、分かれ道に来る度に涙にむせびました。土地の人が不思議に思ってその訳を尋ねると、李商隠は「1つの道を選べばもう1つの道が選べなくなる、それが悲しくて涙が滂沱と流れるのです」と答えたそうです。この話を聞いたのは学生時代ですが、まさに、トレード・オフの真髄を述べていると思います。

 トレード・オフの典型例は、社会の至る所に溢れていますが、会社の中では人事部にも巣くっています。「社員の長所を伸ばして、短所を直す。それがわが社の方針だ」などとうそぶく人事部長が皆さんの周りにいませんか? これも、およそあり得ない話です。

 人の長所と短所は同じもの(もしくはコインの表と裏)であって、要はその人の個性そのものです。例えば、「自分の意見をはっきり述べる」というグローバルな長所は、わが国のような同質化圧力の強い鎖国的な社会では「ともすれば協調性に欠ける」と見なされがちです。この人に沈黙を強いたら、どうなるでしょう。

 短所を直せば同時に長所もなくなってしまうのです。人は、本来、皆三角形、四角形のように尖っているのです。短所を直そうとせっせと角を削れば、小さい円になってしまいます。少しは円満になるかも知れませんが、面積(能力、個性)は間違いなく小さくなるのです。わたしは「小さい円より大きな三角、四角」の方がはるかに好ましいと思っています。

 反論が出るかも知れません。「尖った人ばかりで組織運営ができるのか」と。それでは、マネジメント失格です。古い石垣を見てください。ごろごろした尖った自然石が不規則に積まれています。しかし、長い風月に耐え至って頑丈です。

 現代の石垣のように、同じ形をした同じ大きさの石を積み上げれば、工事はきっと楽でしょう。しかし、同じ形をした同じ大きさの人間は、2人といないのです。人事の妙は、個性の異なった人間を上手く組み合わせて古い石垣のような組織を創り上げることにあるのです。

 人間はそれほど賢い動物ではないので、頭ではトレード・オフが理解できても、なかなか行動には移せないところがあります。では、どうすればいいのか? ケース・スタディーを積み重ねることが1番です。

 わたしは「タテ・ヨコ思考」と呼んでいますが、要は、まず、昔の人に教えて貰えばいいのです。すなわち、古典を読んで、昔の人がどのように考えどのように生きてきたかを学ぶべきです。

 次に、世界の人に教えて貰えばいいのです。世界中を旅して、人々の生きざまを学ぶべきです。タテ(過去)・ヨコ(世界)のインプットをひたすら増やし続けることが、直感や判断力を鍛え行動力を産む唯一の方法なのです。

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